いつからストレートな気持ちが書けなくなるんだろ?

母が来て、お茶して帰った。

母は、ウォーキングを日課にしているので時々、姪(母からすると孫)と一緒に歩く。そうなるとウォーキングというか
散歩の方が近い感じ。
新しい道を探したり、近所の方と話したり野菜のお裾分けを頂いたり、動植物の観察をしたり・・・。

昨日も姪と歩いたそうで、ものすごい数のカラスとムクドリが、まだ木に残っている柿を(昨年は豊作で、あっちこっちで収穫せず、そのまんまの柿をよく見た。)ついばんでいるのを姪が「カラス?何食べてるの?」と二人で話しながら観察していたらしい。

母は毎朝、亡くなった父の仏壇に手を合わせるのが日課だ。
仏壇に綺麗な封筒に「ばあへ」と書いてあるものが置かれてあったそう。姪が母に昨日のお礼の手紙を書いた
らしい。
「おばあちゃんと歩きに行くと色々、知らないものが見れたり教えてもらって、すごく楽しい。おばあちゃん、ありがとう。」という内容だったらしい。

普段から、そういう手紙をよく書く子だが親は二人とも全くそういうことは、しない。母は趣味で絵手紙をするくらい。
誰に似たのだろう?

それで思った。いつくらいから人はストレートに思ったことが書けなくなるんだろう?と。
自分のことを振り返ると、はっきりと、いつという記憶がある。

小3の時の担任の先生が女性の日本人離れした(おそらくハーフかクォーターの方だと)ハスキーな声で子供相手にもストレートな言い方をする方だった。
「怖い。」とか「きつい。」とか言う子が多い中、私は大好きな先生で気持ちが、いいくらいストレートで、はっきりものを言う裏表の無い方だった。
作文で、そのことを書いたら親が呼ばれた。褒めたつもりが小3の表現力では足りず「男みたいな先生」と書いた。
男性のようなハスキーな声で、わかりにくい言い回しや、くどいいい方をしない、いつも竹を割ったような、潔さの中に独特の個性(雰囲気)のある方でシャンソンの似合いそうな素敵な方だった。
好きだと言うことは書いたと思う。でも「男みたい」が先生の勘に触ったようだ。

なぜ、そう書いたかとも聞かれなかったと思う。とりあえず、親が呼ばれ叱られた。それ以来、本心が書けなく
なった。

夫は高校で(夫とは同じ高校の科も学年も違う)映画を見て感想を書くというのが、あった。夫は本心を書き、担任から呼び出され、お説教をくらった。

「この人は、要領よくとか適当に流すということが出来ないのか。もう高校生なのに・・・。何て不器用な人なん
だろう。」と思った。

うちのクラスはシビアでリアルなクラスなので、そういうことは日常的に飛び交いテストの回答でも辛辣な意見でも
OKのクラスだったので、同じことを書いても全員、似たようなものなので呼び出されたり、お説教されることは
ない。
そういう要領の身につくクラスだった。(要領よく、しかも自己主張をきちんとしないと生きていけないようなクラス
だった。)

大人になって素直に文章が書けるようになった。手紙を目上の方に書くことがたまにある。楽しみにしてくださって
たり、するが一番、喜ぶのは、なぜか夫だ。

私は本心しか書かないが「じじい(ばばあ)転がし」とか失礼なことを言う。そう思ってるから書くだけなのに。

そんなことを考えた・・・。

1/11は
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パンを焼いた。ハチミツレモン。
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担担麺。チンゲンサイを。
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梅鰹節チャーハン
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大根サラダ
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菜の花のお浸し。
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キウイ。なぜか同じタイミングで向き合い同じタイミングで「ごくろうさまでした。」と言い合った。お互い大爆笑
だった。1か月以上前に貰ったキウイが、やっと終了。母が言う様に甘くは、ならなかった。酸っぱいまんま柔らかく
なった。リンゴ入れたのに。

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